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みつはしみなこのインフォメーション


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なぐこと

わ ねんがらねんじゅう ないでるふとだ
よぐこったら なみだっこでるもんだどおもうばって
なげば わ あだらしぐなるんだ

あだまのなが かちゃくちゃねどぎ なぐべ
うれしとぎも どんでもねんたことでも
わ ないでるふとだ

なげば さっぱどして
まんだ けっぱるきさなるもんだ
おめも へづねば がまんさねで なぎへ
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by minako-info | 2006-03-30 12:44 | from mina

ちょっと昔の風景

先週、池袋にあるナムコ・ナンジャタウンの
餃子スタジアムと新横浜ラーメン博物館など
取材のお手伝いでいろんな場所に行った。
餃子スタジアムもラーメン博物館も平日にもかかわらず
こどもから大人までにぎわっていた。
ふたつとも建物が昭和30年代の町並みで
夕方の風景といった感じ。
そこに餃子の焼けたにおいやラーメンのにおいがしてくる。
狭い路地をこども達がもの珍しいのか走りまわっている。
親もなんとも嬉しそうな表情でキョロキョロしている。
駄菓子やさんやバーもなつかしい雰囲気のお店がたくさんあった。
どちらも入館料が300円。
全国のおいしいお店がたくさん入っていてはしごも出来る。
仕事で行かなかったら知らずにいた。
なつかしさとおいしそうなにおいを
みんな楽しんでいるようだった。
その日の最後がラーメン博物館だったので
札幌ラーメンを食べて家にもどった。
おなかぺこぺこだったから汁までいけた。
今度は友達をさそって行ってみたい。
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by minako-info | 2006-03-29 20:34 | from mina

アーナンダさんのチャイ

10年前スリランカのお坊さんの
アーナンダさんからおしえてもらったチャイ。
疲れたからだと頭をほぐしてくれる。
脳天にくるぐらい甘いですが効きます。
カフェで出されるチャイは上品な味。
これはちょっと野生な味。

☆アーナンダさんのチャイ
紅茶の葉
牛乳
白砂糖
しょうが
(なべに牛乳を入れて温めてそこに紅茶の葉を入れる。
2〜3分紅茶の葉を入れてから置いて、そこに皮つきの
しょうがを5〜6切れ入れて(切り方は豪快でも)
砂糖(多すぎと感じるくらい)入れて温めて出来あがり。
あまり温めすぎないこと。)
しょうが皮つきというのが味の決めて。
おいしい紅茶の葉だと味がちがう。
アールグレイや香りが強すぎないほうがいい。
素朴な味が向く。なかったらティーバックでも。
英国のお土産の紅茶でさっきつくったらおいしかった。
英国紅茶はスリランカ製がほとんどだから味が近かった。
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by minako-info | 2006-03-28 22:09 | from mina

ポロン♪トントコトン

ちいさい頃。
こども用の木製のけん盤ピアノと
東京のおばさんから毎年送られてくる
ゴブレットやクッキー、紅茶の空き缶のタイコを使って
演奏するあそびがお気に入りだった。
童謡絵本というのが家にいろいろあって
中国雑貨に描かれているような
ちょっとリアルなこどもの絵が描かれていた。
たしか講談社かトッパンと書いていた。
ピアノの前で歌いたい歌のページをひらく。
木で出来たちいさくて赤い色が塗ってあるピアノを
ポロンと一本指で弾く。
となりにクッキー缶をスタンバイする。
居間には生まれたばかりの弟が
ぷくぷくしたほっぺをすこし赤らめて
すやすや眠っている。
お母さんが子守唄を歌っているつもりで
耳のそばでささやき声で歌ったりした。
ときどき歌って乗ってくると
タイコも大小3つ4つ置いて
ピアノ、タイコ、歌、ピアノと一人三役をこなす。
そうなるともう演奏というより
全部自分の口でポロントントコトンタントンタン・・・
ラララ〜〜〜♪
と口の演奏になってくる。
誰もいない部屋に春の日差しがぽかぽかと入り込む。
ピアノを弾いて歌いつづけていると
勇気が沸くような勇ましい気持ちになって
だんだんどんどんたのしくなってしまう。
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by minako-info | 2006-03-27 22:06 | from mina

さくらとむく

家の近くの駒沢通りのさくらも咲き出した。
部屋の前の昭和の匂いがする素敵な家が取壊しになって
さら地になった場所がある。
毎年さくらを咲かしていた立派な木も切り落とされてしまった。
すこしだけ残っている木からつぼみが出てきた。
窓から眺めていたらむく鳥がとまった。
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by minako-info | 2006-03-26 20:35 | from mina

めいのくれたお年玉

お正月めいがお年玉をくれた。
姉の家族が車で到着してタタタタッと
めいが一番にわたしに近づいてきた。
あわてて用意していたお年玉を渡そうとすると
「はい、みなこ!!りかからお年玉」
とちょっとはにかんで手渡してくれる。
急なことでびっくりした。
「えっ、みなこにくれるの?本当?」
「うんっ!!」
「え〜〜〜すごいうれしんだけどーー。ありがとう!!りか」
ちょっとジーンときて実は泣きそう。
振ってみるとチャリンチャリンと音がする。
白い紙に大事に包んである。
みなこへ 
      りか
とえんぴつで書かれている。
中を開くと光るお金が4枚。350円入っていた。
「こんなにいいの?りかのおこづかい無くなるじゃん」
というと得意そうな満足気な顔をして
「いいの」
と言った。
めいの母であるお姉ちゃんに
「ちょっとぉ、あなたの娘さんわたしにお年玉くれたよ。
350円も入ってたよ!!」
とおしえると目を大きく開く。
「うそー」
とふだんはしまり屋さんなのにそりやぁ大金だねと笑った。
小学2年生の350円は大金だ。
白い紙に包むときのめいの気持ちをおもうと
なんだかやっぱりジンとしてしまう。
「りか、このお金みなこ使えないよ。
宝物にするよ」
というとエヘヘと笑った。
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by minako-info | 2006-03-26 20:25 | from mina

原ひさこさんのよむ歌

かれこれ12年前。
テレビの深夜番組で
日本で最高齢の女優さんだった
原ひさこさんの役をさせていただいた。
「かしこ」という番組で
誰かにあてて書いた手紙を読む。
それを軸に実話を基にしたドラマが入る。
3日間ほど撮影があって原さんとゆかりのある場所の向島や浅草や下町の撮影をご一緒させていただいた。
原ひさこさんをご存じの方はおわかりだと思うが お多福人形さんのような福を着ていらっしゃるようなおばあちゃまだった。
ちいさくてお可愛らしくてお姿をはじめて拝見したときキュンとなった。
早朝ご自宅前にロケバスでお迎えに行くと道でもう着物を着てちょこんと立って待っていらした。
娘さんがたしか付き人をしていらした気がする。
そのときすでに80歳を越えていらした原さんは張りのある上品なお声で監督とお話ししたりしていた。
同じ空間にいられることがしあわせだった。スタッフさんやバスの中にいる人みんながあたたかい気持ちになるような空気が流れていた。
「50歳を越えて仕事が入るようになったのよ。最初からおばあちゃんの役だったですよ。」というようなお話しをしてくださった。
そのことばが希望に感じた。遅咲きだっていい。好きでつづけることが大事なことなんだと思った。
数年後に尊敬する映画監督からあなた老け役出来ますよ。歳を取ってからのほうがいいかもしれないと言われたことがあった。
実年齢の若い女性の役のオーディションなのにがっくりとせずにたいへんな褒め言葉だと受け取った。そのとき原さんの顔が浮かんだ。
お手紙は亡くなられた同じ前進座で役者をしておられただんなさまへ書かれたものだった。
「わたしはふぐになりたい
なんて不細工なことか・・・」と詩はつづき わたしは不細工なふぐのような人になりたい ふぐのような役者になりたい・・生前ご主人が書かれた詩を原さんが朗読された。
とても素朴で力のある詩。
空襲に遭い家族で逃げるシーンも撮影もした。原さんは終戦記念日がたしかお誕生日で 戦後はお誕生日を祝うことを亡くなるまで絶対になさらなかったそうだ。
福を着て歩いているような原さんは苦難を乗り越え それをまっすぐ受け止めて力にしてきた人。
その強い芯があるからこそ人にもあたたかい気持ちを与えられるんだ。ただそこにいるだけで。いちばん強いことだと思う。
先日本屋さんにご挨拶まわりした日。
原さんの歌集が出版されていた。素朴でうつくしいことばが並んでいた。気負いのない自然なことば。
写真もたくさんあって女学校時代の同窓会の写真の原さんは少女の顔で写っていた。
本屋さんをあとにしてバスに乗った。
バスの中で12年前のロケバスの空気を思いだしていた。

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by minako-info | 2006-03-26 01:09 | from mina

PLAYBOY

「PLAYBOY」でウディ・アレンの特集がされていて
ウディ・アレン好きと知る人がお土産にくれた。うれしい。
昔のPLAYBOYのイメージは金髪のありえないほどおっぱいが大きい女性の
ヌードの写真が溢れている感じ。
なかなか本屋さんで手に取る機会はない。
見どころのあるお洒落な雑誌になっていた。
どうやら編集者が変わったらしい。
グラビアもちょっとしかない。ほとんどが読むページ。

ウディ・アレンはなぜ美女に愛されるのか?
ダイアンン・キ−トンからスカ−レット・ヨハンソンまで

表紙にウディ・アレンとスカ−レット・ヨハンソンの
2人並んだ写真。多分パ−ティ−に行ったときかな。
総力特集と銘打つだけあって充実していた。
インタビュ−も読みごたえある。
なによりあと16、7年は映画を撮りたいと話していてうれしい。
作家の池澤夏樹さんの寄せた文のページのウディ・アレンの写真がいい。
格好がど真ん中だった。場所はたぶんトイレ。
ベ−ジュとサ−モンピンクのタイルが
ボ−ダ−のように交互に貼られた壁に背を向けて立っている。
草色のギンガムチェックシャツ(下は白いTシャツ)に履きこんでるコ−デュロイ。
茶のくつと帽子。シャッタ−タイミングを逃し目はつむっている。
ふつうの人がすると絶対野暮ったくなるのにすごいお洒落に見える。
長年のパ−トナ−だったミア・ファロ−が自伝で
「麻のス−ツもツイ−ドのジャケットも特別に仕立てたもの。
シャツは最高級の海島綿、セ−タ−は茶かグレ−のカシミアしか着ない」
と書いていた。
あの着古したようなシャツ姿の馴染んだ姿は
じつは念入りにコ−ディネイトされていたもの。
昔からウディ・アレンの格好が好きだった。
女だけどそんな何でもないのにお洒落な格好にあこがれる。
大好きな女優さん達が映画でしていた格好も
どんなおしゃれな雑誌を見るより参考になる。

先日NYに住む友達の友達がワインの紹介メ−ルを送ってきた。
写真をみてドキリというかギョッした。
PLAYBOYのグラビアみたいな金髪女性が裸で
大きな木樽に入ってぶどうを食べている。
だんだんとぶどうまみれになっていく。
おっぱいもぶどうの汁がべたべたついている。
カリフォルニアワインご注文いかがですか?みたいな文章。
「なんだこれ?」
中学生男子がエッチな雑誌を母ちゃんに見つかったらいかん!
みたいな気持ちに何故だかなってあわてて消してしまった。
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by minako-info | 2006-03-25 19:09 | from mina

おすもう

大相撲春場所が始まった。
今場所はなかなか見れていないが
すもうが好きなので家にいると見てしまう。
行司や呼出しや横綱の土俵入りや塩まきや
化粧廻しを見ることや相撲のいろんなことが好きだ。
静かさと高揚した雰囲気。花道をあるく力士たち。
アナウンサーや解説者の静かなやりとり。
変わらないで続いていることは、こころを落ちつかせる。

小兵力士が昔から好きだ。
霧島や寺尾はすもうも姿も好きだった。
でかくて強い力士を倒したときの痛快な感じ。
かと思えば大きな力士も好きだ。それぞれの魅力がある。
高校の先輩である舞の海が現役の時代は
ちょうど上京したばかりの頃だった。
日々の暮らしにどれほど勇気をもらったことだろう。
コンプレックスをプラスに変える力。
人を愉快にさせるすもう。笑わせるすもう。
こころを奮いたたせるようなすもう。
舞の海のような力士は後にも先にもいない気がする。
(引退のとき落語家の立川談志さんもテレビでそう言っていた)
もっとからだに恵まれていたら横綱になれたかも。
そうなったらすごかったと思う。

高校生の頃。
自分の生まれた町から横綱旭富士が出て
優勝パレードのときに握手をしてもらった。
着物の上から背中もさわった。厚かった。
大きな手のひらは吸いつくようにしとっとしていた。

さかのぼること25年前。
そろばん塾のバインダーに大関になったばかりの
千代の富士のシールをペタペタ貼っていた。
80年代アイドル全盛の頃だった。
並みいる大関横綱を倒し強くなっていくウルフ(愛称)を
目の当たりにした。テレビに釘づけだった。
引退会見のときは泣いた。

青森の人はすもうが大好きだ。
愛してると言っていい。
小学生のとき。
場所が始まると星取りをする。
参加費を払い星取りの用紙を毎日近所の床屋さんに取りにいって
次の日の予想を書いてまた持って行く。
うちでは祖父とわたしと弟が参加した。
参加者はそれぞれ力士みたいなしこ名をつける。
ちょっとふざけたしこ名が多かった。ダジャレみたいな。
わたしは強そうな名前をつけた。
星取りの成績がよければ豪華な商品がもらえた。
いつも参加賞だった。一等になると小型テレビがもらえた。

祖父は最晩年盲目になった。
見えないからいつもラジオを聞いていた。
場所が始まると大相撲中継を幕下からずっと聞いていて
強い力士強くなりそうな力士を知り尽くしていた。
90歳を越えても老人介護施設の中の星取りで
決まって1位か2位を取っていた。
万年参加賞のわたしはこころから尊敬した。
祖父に会いに行くともらった商品をくれた。
へんてこなパッチワークもどきのポーチとか(笑)
一緒に暮らしていた頃も感覚が冴えていた祖父だったけれど
見えなくなってからは何かちがう才能がプラスされた。
記憶力が一段とすごくなった。
今日のニュースを聞かれたら適当に答えられない。
新聞を読めなくなった祖父のほうがいつだってくわしかった。
仮に90歳まで生きれたとして絶対叶わないと思う。

こどもの頃のこと。
大人はこどもが夕方のアニメを見たいのに当然のように大相撲中継を見た。
テレビにくっつくくらいの距離で見ていた。
おじいちゃんがトイレに立ったすきにアニメにかえてはゲンコをもらう。
嫌々見ていたおすもうにいつのまにか引き込まれていた。
名勝負には手が痛くなるほど拍手する。
ぐっと力が入る。ぎりりと奥歯を強く噛む。
見方まで祖父や父に似てきた気がする。
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by minako-info | 2006-03-23 23:06 | from mina

姪の卒業式

きょうは姪の小学校の卒業式。
きのう電話で
「あしただけど卒業おめでとう」
と伝えたら
「ありがとう」
といつもと違ってはっきり言った。
この間生まれたばかりで
沐浴する姿を家族みんなで温かいきもちで
眺めていたことがきのうのことのよう。
たのしいことが多い中学生活だといいな。
おめでとう。いいお天気でよかった。
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by minako-info | 2006-03-21 23:49 | from mina